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発言:1996
(COA20351/林裕子/)  2005/06/04 17:45 8798回 
タイトル:湯布院まちづくり50年 第1回「語りつぐ湯布院の歴史」リレー放談会
このまま
会員として
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ゆふいんの歴史を語り継ごう
湯布院まちづくり50年 第1回「語りつぐ湯布院の歴史」リレー放談会
昨夜から振り続けた雨が止み、お昼間には風のハルカの花嫁行列ロケが開催されたゆふいん。

晴れたり曇ったりと繰り返してた空がちょっとだけ回復して、由布岳を照らしています。
この日の17時半から、湯布院町中央公民館で〜湯布院まちづくり50年〜 「語りつぐ湯布院の歴史」リレー放談会が開催されました。
 語り部は衛藤一夫さん(畜産農家)、茂岡成義正さん(元自衛官)、佐藤冨子さん(町の元保健婦)、佐藤忠興さん(温水園理事長)、緒方重成さん(元新聞記者)の5人。  会場には予想以上に多くの方がいらっしゃっています、だんだん椅子が置けなくなってきました。それだけ自分たちの土地に関心があるということですね。
 まずは佐藤町長の開会の挨拶から…。
 そして第一部が始まりました。第一部は「5名の語り部による歴史物語」です。
まず、写真右の衛藤さんから「牛は本来農業をするために必要だった動物、その牛を生かし上手く皆で協力して全国にゆふいん牛のオーナーが出来たり、イベントとして全国的にも知られる牛喰い絶叫大会などが出来た…など」

茂岡さんは「私は昔熊本から大分の湯布院に自衛官としてやって来ました。その湯布院で結婚をし、子供に恵まれ、単身で来たのに今は親戚が15名に増えた。湯布院町の温かい受け入れる心はとても大事。」
佐藤冨子さんは「ずっと町の保健婦をやってきました。病院がまだまだ少なかった時に由布号という保健指導車を走らせ、注射から栄養指導までやりました。」

佐藤忠興さんは「年金病院は当初患者が一人も居なかったが、次第に認められるようになった。近頃周りでは「ボケたくない」と言いますが、それはなぜかと聞きますと「迷惑掛けるから」と返ってきますが、ボケは人それぞれ、迷惑なんてすでに誰でも掛けているんですから、心配せずにボケなさいと言っています。」
緒方さんは「60年前の青年団は血気盛ん、飲みに出てはケンカを繰り返していた。また、町で何をするにも青年団の許可が必要だった。ある日、ゆふいんをダムにするという計画が持ち上がった。自分たちの町がダムに沈むなど考えられないと、必要性を徹底的に調べ上げた…。」
 第二部は質問会、町の方々から様々な感想も出ていました。お話を聞いて、懐かしそうにうなずく方、そして初耳だと驚かれる方など様々。私も牛喰い絶叫大会の始まりやダムに沈むはずだったゆふいんのお話など初めて聞いて驚きました。また、何よりも驚いたのが、湯布院の町の多くの方たちが、自分たちの町の歴史に興味を持っておられるという事でした。用事がある時間を縫いながら、聞いて、帰って他の人と入れ替わり入れ替わり、会場は常に一杯。また、歴史を話す中で、中谷健太郎さん(亀の井別荘)や溝口薫平さん(玉の湯旅館)などのお名前がよく出るのも印象的でした。
湯布院の様々な方が方言で語りつぐ歴史は、時々笑いが起こりながら、とても和やかに、そしてあっという間に2時間が過ぎてしまったのでした。

ずっと住んでいる町だからこそ、歴史を学ぶ機会は少ないような気がしますが、湯布院だからこそ出来る勉強会だと思いました。
2005.06.04 by Hiroko Hayashi

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