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発言:0837
(COA01802/永野 美恵子 /Mie )  2017/11/01 09:18 58回 
タイトル:2017年10月12日:東京見物・築地と浅草
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会員として
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2017年10月12日:東京見物・築地と浅草
横浜大桟橋で飛鳥Uとお別れし、観光バスに乗って、東京見物です、江戸見物と言いたい感じがする楽しみの築地と浅草です。

ガイドさんが横浜の外人墓地や、港の見える丘公園、横浜グランドホテルなど観光ガイドもきちんとして下さるので楽しいです。

東京へ入ってきました。工事が多いです。3年後のオリンピックのための施設造りがたけなわですが、間に合うの?という声がバスの中でも聞こえていました。
私たちにとっては二度目の築地市場の観光です。本来なら豊洲に移転している筈ですが、未だに築地で営業です。ここでゆっくり時間がとってあります。
前回と反対の方でバスを降ろしてくれたので、また違う所が見られそうです。
前回の築地で気になっていた、築地本願寺の入り口が今回の観光バスの解散、集合の場所でした。これは好都合と、解散してすぐに皆さんとは反対に歩いて、築地本願寺を見に行きました。外観はちょっと外国のお寺のようですが、1617年に建立された浄土真宗本願寺派のお寺なのですね。
本堂の屋根の上には、菩提樹をかたどった飾りが上がっています。
本堂へ入ってみました。上を見ると、ステンドグラスが美しくやはり普通のお寺の雰囲気とは違っています。本堂の中には1970年にパイプオルガンが設置されていて法要行事やコンサートにも使われるそうです。
本堂の床も素晴らしい大理石などでこのような模様が描かれています。ちょっと普通のお寺のイメージからすると違います。明暦大火(振袖火事)で焼失、その後、海を埋め立て土地を築き本堂を建立、このことが築地という地名の由来とか。それもまた関東大震災で焼失1934年古代インド様式をモチ−フとして再建されたそうです。
浄土真宗の宗祖とされる(1173年生まれ)親鸞聖人像が立っていました。
築地本願寺をゆっくりと見ることが出来て、良かったです。
その後、築地場外市場へ行きました。暑くなってきて、外を歩くのも疲れてきました。建物の中にも市場があり、涼しくしてあるので、食事の出来る所を探しながら見物です。
築地市場にもハロウインが来るようです。

珍しいお魚や貝を揃えているお店、大きな貝が並んでいます。
こちらもちょっと珍しいお魚などがたくさん並んでいます。果物やさん、乾物やさん、まぐろばかり売っているお見せなどいろいろ見て回りました。
食堂がありました。カウンターでは料理人さんたちが、威勢の良い声を出しながら、お料理をしています。やはりここへ来ると、海鮮丼でしょう、注文をすると、早速目の前で作ってくれています。
赤だしと共に、運ばれてきました。先ずは見て美しいです。まぐろ、いか、生シラス、たこ、ブリ、メンタイ・・・etc.    
 
とても美しい海鮮丼、その上にイキがよくて、おいしいこと、メニューを見ていたら、イワシのテンプラがあり、食べたくなって追加しました。衣はシャリシャリ、そして中はふわふわのイワシの肉、うれしかったです。
お腹も満足、さあ、元気が戻りました。またまた築地場外市場の探検です。
外国人、日本人、一杯の人が歩いています。
夫は卵焼きが食べたい、と、お店を探します。ありました。この前の築地探検でもガイドさんお勧めの卵焼きのお店、やはり行列が出来ていました。しっかり焼かれた卵焼きに出し汁をかけてもらい、大根おろしを添えてもらって、どうぞと出されました。おいしいわ〜〜、
出し巻き卵を焼いているのは、青い目の外国人と若い日本人、外国人の方が親方のようで隣で焼いている日本人の若者に、こうしたらと、指導をされていました。
前に並んだボールの中には、調味された一個分の卵液が入っています。大きな卵焼き器、重そうです、木の蓋を上手に使って形を整えたり、動かしたり、職人さんの技、黙々と凄いです。 
 築地から観光バスで少し走って、今度は浅草に来ました。浅草寺の傍の交差点から振り返ると、スカイツリーがすぐ傍に見えました。

そこから二天門をくぐって、浅草寺の境内へ入りました。
本堂の前にお線香を炊いている大きな香炉がありました。お線香の煙を浴びると良いかなと、私も皆さんに習って、香りを体にかけました。
浅草寺の起源は、推古天皇の時代まで遡るそうです。隅田川で魚を取っていた兄弟の網に、かかった観世音菩薩像をお祭りするために出来たのが浅草寺と言われている1400年の歴史あるお寺だそうです。
この門は仁王様が祀られている仁王門ですが、大切なお経が保管されているので、宝蔵門と言われるようになったとか、
昭和20年、東京大空襲で焼失、昭和39年にホテル・オータニ創業者の大谷米太郎氏によってコンクリート製で再建されたました。

小船町から奉納された大提灯がかけられています。
 
宝蔵門をくぐると仲見世がズラリと並んでいます。歩くのが困難なほどに人が多いです。特に外国人が多い、日本人の方が少ないと思います。休日でも無いのに、この人出に驚きました。
もまれながら歩いて雷門にたどり着きました。ここは皆さんが写真を写す場所になっています。しばらく待って、やっとシャッターチャンスが訪れました。やはりここで一枚は写さなくてはね。

門の左右に風神雷神像を祀っていることから「風雷神門」その後、今は「雷門」と呼ばれています。
この雷門は何度も火災で焼失しては再建されている、最初に建立されたのは942年と言われています。
古くは飛ばして、書き出してみます。
寛永12年(1635)に再建
寛永19年(1642)に焼失、
慶安2年(1649)に再建。
明和4年(1767)に駒形町からの失火で焼失。
慶応元年(1865)に焼失
その後、96年間再建されなかった。
昭和35年(1960)に松下電器産業(現パナソニック)社長・松下幸之助氏の寄進により、再建され二度の塗り替えを経て今に至る。
伝法院です。ここは浅草寺の本坊で静かな佇まいです。江戸時代初期に造られた庭園が見事だそうですが、今は一般公開はされていません。
伝法院の前の通りは、賑やかな商店街、「伝法院通り」です。多くの人が歩いています。お店の屋根に盗賊がいます。鼠小僧だとか、

歌舞伎狂言作者の河竹黙阿弥が住んでいたことにちなんで代表作「白波五人男」の人形が通りのあちこちに配置されていて会うことが出来ます。
白波五人男とは
・盗賊の首領・日本駄衛門
・女形の弁天小僧 菊之助
・神出鬼没・忠信利平
・最年少の赤星 十三郎
・元漁師の船強盗・南郷 力丸

其々、特色ある姿で伝法院通りにいます。このお人形は「弁天小僧菊之助ですね。
伝法院通り、仲見世、浅草寺境内には、このように和服を着た人たちがたくさん歩いています。主に、外国人観光客に多いです。今日は暑いのに、きちんと襟を合わせて足袋をはき、日本情緒を楽しまれているのでしょう。
その後、また仲見世通りを歩いて浅草寺本堂を見せてもらって、疲れ果てて、階段に座って暫くボーとしていました。可愛い外国人の女の子など大勢が休憩をしていました。
本堂の隣には浅草神社があって、七五三のお参りを勧めていたり、仏様、神様が仲良く並んでいらっしゃいます。
集合時間までまだゆとりがあったので、浅草寺を出て喫茶店を見つけたので、入ってコーヒーフロートを呑んで休憩しました。冷たくて本当においしかったです。

その後は、観光バスに乗って羽田空港へ、そして、福岡空港へ飛び、日付の変わる頃、家に帰ってきました。

初めての豪華客船の旅、そして、日本情緒の江戸へと、楽しい三日間でした。
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