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発言:0822
(COA01802/永野 美恵子 /Mie )  2017/08/07 15:37 178回 
タイトル:2017年8月1日:平和を考える日
このまま
会員として
会員として



2017年8月1日:平和を考える日
 8月の第1火曜日、本来は例会の日ですが、今年度の8月は「平和を考える日」にしたいとの総リーダーの強い思いから「平和を考える日」になりました。
お昼を作りたいと明日の友グループが「すいとん」を作ることにしました。戦後の食糧事情の乏しかった時代は、すいとんをよく食べたそうです。私自身も食べた記憶はあっても作り方はわかりません。そういう人ばかりになっている大分友の会です。
お野菜を持ち寄って、分量は分け合って食べると言うことで30人見当で作りました。 
  
プログラム
讃美歌 239坂
「戦争と平和と」〜友への手紙〜を読んでくる
やっと語る体験:山田英子 竹田最寄
 婦人之友2014年8月号投稿記事より
DVD「灯篭流し」 を見る。
皆で今の思いを出しあう、聞きあう、

田中さんが戦争に関する書籍をたくさんお持ちくださいました。(その中の一冊はこちらをご覧ください。)
総リーダーが「羽仁先生の書かれた「戦争と平和と」を良く読んで出席して下さったと思う、被爆体験を「やっと語る」と友誌に投稿された山田さんの気持、この「やっと」という言葉の重みを私たちは考えたい。そして、いかに生きるかということを学びたいと思います、」と話しました。
竹田最寄の山田さんです。 当時住んでいた空襲の激しい岡山から、まだ一度も空襲の無い広島へと祖父が迎えに来てくれて母の実家に帰ったのが7月31日、そして郊外の遠縁の離れに落ち着き、1週間後の8月7日には祖父一家も疎開してくることになっていた、その前日の6日、広島に原子爆弾が投下された。弟さんの子守で部屋にいた山田さん。急にピカッと光って後、ドーンと突き上げる大きな爆風、家がグラグラ揺れました。外へ出て見上げたら大きな黒いキノコ雲が黙々と沸き上がりました。 
明日疎開してくるはずだった祖父一家でしたが祖父だけ来ない、毎日、広島の街まで探しに行った母、どこでどう亡くなったのか、今も判らないままだとか。

あれから72年、今の日本は表面的には平和に過ぎていきます。戦争を知る人も少なくなり、記憶もだんだん薄れてきます。 今、戦争の愚かさ、悲惨さ、平和の大切さを伝えるのが被爆体験者の私の務めだと思っています。(婦人之友2014年8月号参照)
 
別府友の会からも3人の方と山田さんの友人が来られて一緒に話を聞きました。

続いては
被爆した米兵の足跡をたどり遺族を探して40余年、奥様は婦人之友の愛読者の森重昭さんの歩まれた道のりと、平和への思いを描いたドキュメント映画「精霊流し」を皆で見ました。(2017年婦人之友8月号「読者を訪ねて」参照) 
1970年にNHKが市民が体験した「原爆の絵」を募集した。その中の2千数百枚に目を通していた森さんはそこに米兵捕虜を描いた絵が20数枚あるのに気がついた。広島が原爆投下の目標となったのは、軍都であったこと、連合軍の捕虜が居なかったから、と言われているが・・・確かに7月27日までは居なかった、

しかし、28日に呉で米軍機が爆撃されて捕虜が12人、広島へ移送された。当時8歳の森さんは広島から引っ越していて無事、 しかし、原爆で亡くなった14万人の中に米兵捕虜もいたのに、記録にも残っていない。
 「原爆に国境は無い、亡くなった人を思う家族の気持はみな同じ、せめて遺族に消息をしらせるのが生き残った私の責任、と思った森さんの手探りの日々が始まった。昨年5月、現職のアメリカ大統領として初めて広島を訪れたオバマ氏が核兵器廃絶を呼びかけ、そして、森さんと抱き合った姿は多くの人の心に残っている。森さんの40余年に及ぶ手探りの取り組みがアメリカ人監督によってドキュメンタリー映画にまとめられた、それがこの「精霊流し」です。
DVDを見終わった後、今の思いを出しあう。

・羽仁先生の書かれた言葉から”人は戦争への準備をしているのか、平和への準備をしているのか、友の会は平和運動です、”という生活をして行く者でありたい。
・人の物まで取らない食べない適量の生活を続けていきたい。
・家計簿をつけながらの生活を大切にしたい。
・ 山田さん、森さんの行いを学んで生活に生かす、
・日々のくらしを丁寧に、好きな言葉としてミッション、アクション、パッションを大事いしています。
 今日は子ども友の会出身の高校生も出席し一緒に山田さんのお話を聞き、DVDを見ました。
・「僕は沖縄へ行って、ひめゆりの塔の所でもお話を聞きました。同じ過ちはくりかえしてはいけないです。体験者から聞いたことをまた伝えていく責任があると思いました。」と力強く話しました。

・また広島出身の田中さんは「13歳の時に、私は40キロの距離で原爆のきのこ雲をみました。今は友の会に入っていて良かったと思う、友の会とは生活を世の中を良くして行こうという人がいる会です。」と話して下さる。
 「平和を考える会」が終わりました。皆で分け合ってすいとんを食べます。
 細いテーブルに向き合って別府からの出席者も、託児の子ども達も一緒にすいとんを食べました。本当はもっと透き通ったようなお汁では無かったの?こんなにおいしかったかしら?などと、食べる物の無かった戦中戦後を思い出す言葉も出てきました。

戦争はもう二度とあってはいけません。私たちはそのためにも日々、丁寧な暮らしをしなくては、周りにも伝えて行かなくてはと改めて思いました。

出席者37名(大分会員32名、別府会員3名、別府からお客様1名、子ども友の会OB高校生1名)
託児4名、係1名 
写真・文責:永野

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